紅葉の時期、エゴノキの実を毎朝ヤマガラがついばみにやってきます。石けんの木で有名なエゴノキ。一方鮮やかな山吹色のチョッキをまとったヤマガラは、人なつこい可愛い野鳥として知られ、過去にはおみくじを引く鳥としても人気者でした。 実はエゴノキの種子の拡散に、ヤマガラが協力しています。「貯食行動」つまり冬の蓄えのために土の中に埋めて取っておく行動ですが、一部は忘れてしまいエゴノキの実がそのまま土の中で育っていくのです。これはオニグルミとニホンリスも同じ関係にあります。生き物と樹木の関係はとても面白く興味深いものです。
田舎の更に奥の山あいの地区では人が住んでるのかさえわからない場所がある。自分の住んでいる田舎は棚に上げて置いて言うのだが、慣れない土地では少し緊張する。
たいていの場合、きれいに整備された畑や水田が突如現れ気持ちが和む。人がいるわけではないが、人が来て何かしら手を加えた様子や気配を感じて内心ホッとするのだ。そして何より仕事が丁寧だ。なかには絵に描いたような美しい景色に出逢えたりする。そういう素晴らしい情景、四季の自然環境に加え例えばよそ者の私をこっそりもてなしてくれるような道端の向日葵とゴミひとつ落ちていない景色を見て心揺さぶられずにはいられない。そこに住む人たちの民度の高さや生活の豊かさを、つい考えてしまう。
1957年グッドデザイン賞 家具の部門第1号
材 ブナ 籐
デザイン 箟敏生 やのとしお
東京都出身
1925年〜2004年
このダイニングチェアーは氏が産業工芸試験場時代にデザインし、秋田木工で製作された。最盛期には月1000脚以上も生産されたという。その後独立、やの・としお・でざいん・らぼを立ち上げる。ラタン製の通称カニ椅子は今でもヤマカワラタンから販売されている。人生の後半は弘前で過ごし弘前大学などで教鞭をとった。わにもっことの関連も深く、テーブルやチェアーなどのデザインを残している。
トレードマークの長い髭と高い身長は仙人のようであり
皆から愛された。
木工の仕事は多岐にわたる。素材選びから始まり素材の仕込みや道具等の手入れ、スケッチや図面引き、見積もり。加工は単純なものから複雑なものまで、又金物までとなると何百種類もの金物から吟味する。その後仕上げ塗装そして納品である。
その中でも楽しいのが素材選びだ。素材選びは丸太を選ぶかもしくはそれを曳いて乾燥までしてくれた板材かを選ぶ。乾燥した板材は素材の仕込みをしてくれているのでどちらかというと良材か否かの判断だけで味気ない。丸太の素材選びは割れの入り方、曲がりや節、どうしてできた?というコブ。枝分かれする材など形状が様々で単純に見ていて楽しい。又入札で落とした丸太を製材するのもどういう木目がでてくるかワクワクする。その後何年か熟成させようやく使えるという手塩感がハンパない。素材選びは樹種の皮や樹形、色目を見る絶好の機会でもある。やはり木工は木の仕事なのだと思う。
山あいの初夏は、鳥たちの唄声をたくさん聴くことのできる季節。やわらかい風が鳥たちの唄を運んでくれる。
朝早くからケッケッケッと忙しくアオゲラは唄う。たまにギィーギィーとカケスの声。ヒヨドリもつがいで仲良く唄っている。耳をすませばたまにオオルリの美声。昼夜関係なく唄うのはホトトギス。ウグイスなどに托卵するこの鳥は古くから日本人に愛されてきた。少し町へ下るとギッチョンギーチョッンとヨシキリの唄。とても心地良い。この鳥も又、カッコーなどに托卵される。夕方モズは田んぼ近くの電線でシッポを振りながら唄う。小さな猛禽類はカエルをねらってるのだろう。その向こうの電線には、カワラヒワが唄う。こうして鳥たちはうまく住み分けしながら生活している。ツバメが空を飛びながら5〜6羽井戸端会議を始めた。なにやら子育てについて親同士話しあっているのかな。夜谷間からヨタカが一本調子で唄う。夜ふけ静まり返るとツィーツィーとやさしい声でトラツグミが唄う。"ヌエの鳴く夜は恐ろしい"という映画が昔あったが、私はこの唄で熟睡できる。
津軽は春夏秋冬季節がはっきりしている。春の花や芽吹き、夏の水面と五穀豊穣を祈る祭り、秋の紅葉と収穫、そして冬の雪。加え夏鳥・冬鳥の鳴き声、カエルやセミ、虫の鳴き声、見て聞いて季節を感じられる。山あいに住んでて本当に良かったと実感できる瞬間デス。
もちろん季節を食べること程うれしいことはない。今年も、カンゾウ・コゴミ・ワラビ・ウドなど山菜の旬を頂いた。ごちそうさまでした。
最近一服のコーヒータイムはチョコなどではなく団子や餅になったりもする。和菓子の季節感もいいなと思う。春を待ちこがれるうぐいす餅やさくら餅、夏前の大きなかしわの葉にくるんだかしわ餅。秋のくるみ餅やとち餅など、餅だけでこんなに季節を感じられる。そして津軽にしかない“あさか餅”というソウルフードもあるのデス。美味しいよ。是非、ご賞味あれ。
いい仕事をするにはいい音楽が必要と唱える人は多い。雨の音や鳥の鳴き声、虫の声、風の音などの自然の"音"もとらえようによっては"音楽"になる。一日中こちらの"音"を聞いて仕事をする時もよくある。
自分の仕事も音楽だ。シュッシュッとかけるカンナの音。コンコンとノミをたたくゲンノウの音。リズムは軽快にアップテンポで!一人でいるときはソロだけど、二人で同じ仕事をする時はデュオ。トリオやカルテット。最近は仕事の量が多くビッグバンドになる時も。そうなると誰かにアドリブをまかせて自分は引き立て役に。そうして僕らの"音楽"も完成していく。
特別にいい仕事をした時、コーヒーを飲みながらニンマリ思うことがある。"もし自分のこの仕事を音楽に例えるなら"
ジャズでいえばアートペッパーの枯葉。全く違うけどコルトレーンの枯葉もいいな。クラシックでいえば、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲かな。ロックで例えると、エコバニのセブンシーかニューオーダーのブルーマンデーといったあたりか。でもスミスも捨てがたい。などと評価をしながら、自分の好きな音楽を思い出し、早速、気分よく聞いている。
10月の静かな朝、仕事場でテーブルの仕上げの作業をしていた。遠くの方ではコンコンと大工がゲンノウでノミをたたく音。誰かは知らないが、同じ大工道具がこだましている。
外は秋晴れの美しい空。のどかな風景とその音がとても心地良かった。しばらくして作業の手を休め、耳をすました。コンコンのリズムの調子がどうもおかしい。時々人間技と思えぬ早さになる。アレ?と思い外に飛び出し、音の方にこっそり近づいてみた。以外に近く、となりの建物の裏側だった。職人はアオゲラ。無心に木の壁をつついていた。大工だと思って時間をさいた分、穴の大きさはヒドい。秋晴れとアオゲラの美しさにしばしみとれながらも、最後は腕を組み仁王立ちになり親方としての威厳を見せつけたのである。